私は誰?😲私って何?😓(ちょいと小話🍵)

おはようございます🌿

みほヒールです😊

さて、小話ですよ😌🍵

私って何なのか考えたことがありますか?😄

私がそれを考え始めたのは、幼稚園年長ゆり組の時でした📛

皆で机に粘土板を置き、粘土遊びをしていた時です。粘土でジェットコースターを作っていました😁その時突然来たのです、恐怖が😨

死んだら私どうなるの?😨

突然手が震えだして、周りのお友達に、人は死んだらどうなるの?😨と聞きまくりました。そうすると、左前に対面に座っている女の子が、まだ幼稚園なのに何言ってるの?と呆れていました😅

このことはなぜか鮮明に覚えています😁。その後、父方の祖母にも同じ質問をしましたが、誰でもいつか死ぬんだから考える必要はないし、年を重ねると死は怖くなくなるよと言われました😔

大学に入るとすぐに心理学を学びました📖。しかし、結局、人の考えや行動の傾向は分かりましたが、私が何なのかは分かりませんでした😞

それからも、ずっと私は死んだらどこに行くのか、なぜ私は毎日がこんなに苦しいのか、私は一体何者なのか、いつから私は自分が私だと分かるようになったのかを考えてきました✋

そして、結婚後、夫にも言いました。人は死んだら無に帰るのかな?と。夫はそんなこと考えたこともないと言いました😓

えー、考えないの?😓普通考えないの?😅

結局、もう一度自分で自分を見つめ直すことを始めました🍃

そして、ゆり組から約40年が経ちました🌾ようやく一つの結論に帰着しました🌠

「私はある」

私は〇〇である…ではない。私はある…です。

以前の私は、自分は化学反応の集合体なんじゃないかなんて思っていた時期もあったんです⤵️完全に理系バカですね。。😢

私はあるという決定的事項が私の中で2つ見つかったのです。

・一つめは、私は真の私を認識することはできない…けど、私はある。

・2つ目は私はこの身体ではない…けど、私はある。

まず、なぜ真の私は認識できないのでしょうか😔私達は物を認識する時、自分は主体になります✋つまり、自分が主体になり認識される相手は客体になるのです🙋その私が、私を認識しようとすると、結局自分を客体にすることになる😅結局、主体である私を認識することは永遠に不可能なのです。でも、なぜか私は主体である私を感じている!客体にならない絶対的な主体。これが、私はある✡️

次に私は身体ではないとはどういうことか😓この疑問が長く私を苦しめました😅だって、自分の目で実際に自分の手も足も見えるじゃん。。と思っていたのです😁1時期はもしかして私はDNAなのか?とかも考えたりしました。しかし、違いました😅

この身体は私ではない。これを決定付ける証拠があるのです。それは、クローンです✋例えば私の一つの細胞を採取して全く同じ人の形まで培養(脳まで完璧に)したとします✋それは、私でしょうか?私の意識がクローン人間に移るのでしょうか🏃?違います✋同じ細胞から出来た私ではない生命体なのです。だから、私は身体ではないのです😊でも、この身体の中に、私は私だと感じている絶対的な存在がある!これが私はある✡️

では、私の中にある私は一体何なのでしょう😓

古来からやはり多くの人達がこのそれそのものについて考えて来たのですね🌌

その土地その土地でそれぞれ違う呼び方で呼ばれてきたようです😊

禅思想では「一心」

インド哲学では「真我」

チベットの教えでは「土台」

また、同志社大学の中川先生は純粋意識と呼んでいらっしゃいます😊

いずれにしても、私であるそれそのものは、高次の次元のものであり、絶対かつ完璧なもので、すべてのものにあるし、またそれそのものがすべてであると賢者達は言います☯️

つまりそれそのものは、原初の絶対者、宇宙を作ったもの(あるいは宇宙)なのです😌

私はそれそのものを真我と読んでいます😊人間は真我を包むように自我を作りました😔しかし、宇宙は全く完璧なものなので、自我なしに上手く行くようになっています🪐むしろ、自我に走る者に苦悩と言う処罰を与えると賢者マハルシは言います✋

実際に、近年、真我(純粋意識)のみで世界は動いており、自我(思考)は何の影響も与えることができないことが科学的に証明されました😲

このお話はまた今度👋

 

📖人間は、思考ではなく意識で動いていることを分かりやすく説明してくださっている、金森将さんの「バタ足ノンデュアリティ」をおすすめします😊

👉🌱目次🌱

 

投稿者: みほヒール

口腔外科専門医で歯学博士です。国立大学歯学部を卒業し、大学院に進学しました。大学病院で約15年診療に携わり、現在開業しています。専門は口腔癌、口腔心身症です。

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